医者はいつから「薬と病気を結ぷ人」になったか

免疫力が「薬依存」から受ける弊害

もしあなたが、体調不良を訴え病院へ行ったとき、医者から「2、3日休養をとれば治ります。ですので薬は出しません」と言われたとしたら、どういう気持ちになるでしょう?

はたして「よかった」と納得して病院を後にできる人がどれだけいるか疑問です。なぜなら、今の日本人は、何にしても病院へ行けば「薬を出してもらえるのは当たり前」という発想の人が多く、薬の効力を過信し薬に依存しすぎているからです。
これは現代人が改めなければいけない重要な部分です。

たとえば、消炎鎮痛剤や抗不安薬、睡眠薬、制酸剤など、現在、病院で当たり前に処方され、何気なく使っている薬でも、長期間にわたって使用すれば薬の効き目よりも副作用の方が勝ってきます。

そしてその弊害をもっとも顕著に受けるのが免疫力です。薬の長期間使用で免疫力が低下して、体調は悪化の一途をたどります。

そして近い将来、必ず新たな病気の発症に結びついていくのです。いわば薬の常用を発端として、少しずつ、しかし確実に我が身を破綻に導いているのが今の日本人の実情ということができるでしょう。

とはいえ、すべての西洋薬を否定しようというわけではありません。とりわけ外傷、感染症、急性疾患などのケガや病気に、西洋薬の果たしてきた役割には目を見張るものがあり、その薬の進歩によって多くの人類の生命が救われてきたことは間違いありません。

ところが、現在の西洋薬の多くを占めているのは、糖尿病や高血圧、高脂血症、ぜんそく心臓病、ガン、潰瘍性大腸炎、アトピー性皮膚炎、気管支喘息などといった慢性病がほとんどです。

そしてこうした多くの病気に対して、現代医療の出した答は「これらは、治せない病気である」というもの。「一生の病気だから、根気強く付き合っていきましょう」というのが、多くの医者の合言葉になってしまっているのです。

こうした言葉に、あなたは疑問を感じませんか?なぜなら、そもそも病院、あるいは医者というのは、病気を治すためにあるもの。
来院する人も病気を治したくて足を運ぶわけです。にもかかわらず、多くの医者はその痛気を「治らない病気」として話を進めてしまう。

その結果、多くの患者さんは薬漬けの日々を送ることになってしまうのです。最大限に譲歩して、薬の投与も、病気の症状が抑えられているとき、つまり検査値が改善している最中であれば継続する意味もあると思います。の効力がなくなってからも延々と薬の投与がされ続けているのは、どう考えても納得いきません。

自然治癒力を忘れた医者たち

こうしたことが当たり前にまかり通っている背景には、西洋医学の進歩にともなって、人間本来が備えている免疫力の存在が忘れ去られているからにほかなりません。

そして多くの医者が「人間には自然治癒力がある」ということを忘れ、薬と病気を結ぶ存在になてしまってるからです。

「医者も患者も、薬に対して過大な期待を持つべからず」ということです。そもそも薬理学というものは、薬の起源やその物理、化学的性質や生理的な作用、そして薬の吸収や排泄の作用や治癒の応用という分野からなつており、それぞれの薬ごとに、これらの知識をもって取り扱うことが必要です。

しかし多くの医者はそこまで知識を持っていません。また、新薬は日々開発されています。その新薬についての知識をすべて持ち合わせることは不可能です。にもかかわらず多くの医者は、当たり前のように薬を処方し続けています。確かな知識を持たずとも「この病気には、この薬」という「慣習と思い込み」によって、患者を非常に危険な状況に追い込んでいるといっても過言ではありません。

こうした状況を改善するためには、まず患者側が、「病院に行ったのだから薬くらいはもらいたい」という安易な発想を改めることです。そしてまた「せっかく来た患者さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」という誤った認識を医者の方が変えることが肝心です。双方に根付いた薬信仰を取り除くことが、病気治療のスタートラインではないでしょうか。

自分の免疫力で治す

負担がかかりすぎるのもかからなすぎるのも免疫力にはNG

打たれ弱い子供たち

「長時間労働や夜更かしなど、重力に逆らって身体に負担をかけることを続けているとストレスがかかり発病する。だからこそできるだけ身体に負担がかからないよう楽をすることが肝心」と記しましたが、楽をしすぎるというのも問題があります。
楽のしすぎというのは、精神的に無気力になり、心身の機能の低下につながります。すると今度は、無理をしすぎたときと同様、ストレスを引き起こす要因に出会ったとき、それをはね返せずに、かえってストレスの誘引機能を高めてしまうのです。

そもそも現代社会は、楽をしようと思えば、いくらでも楽ができる環境にあります。戦後のような重労働をしなくてはならないわけでもなく、交通機関は整備されており、肉体的なストレスに関してはずいぶん軽減されてきているはずです。

家庭でも、食事の用意、洗濯、掃除は昔よりずいぶん楽にできるようになつたし、エアコンの完備、衣類の充実など、むしろ過剰なくらい満たされている。いわば過不足ない暮らしを営んでいるわけです。

こうした文明化というのは、私たちを過酷な肉体的ストレスから解放すべく作り出されてきたもので、この恩恵にあずかって、人間は便利で快適な生活ができているのです。

ところがこの恩恵に甘えすぎ、いつでも楽な生活を送っていれば、ちょっとしたストレスに過敏に反応してしまいます。ストレスのない社会の追求が、ストレスに弱い人間を作りだしてしまった。これが今の環境です。

こうした状況に特に弱いのが、生まれたときから何不自由なく育ってきた子供たちです。今の若い世代の人たちは、少々のトラブルで自律神経のバランスをくうつずし、出社拒否や不登校になり、ゆくゆくは鬱病を発症するケースが少なくありません。箱入りで育てられた子供たちは傷つきやすく、ストレスに弱い人間に育ってしまったのです。

ここで、1つ面白い比較をしてみたいと思います。昔の映画俳優と、今のアイドルの顔の形を比較してみると、昔の俳優さんたちは、若いころは顔がまん丸です。それに比べて今のアイドルたちは非常に細面の人が多い。やはりそれだけ今の若い人たちは硬いものをかむ機会がないということなのです。
それこそ昔のスルメなどは、硬くて硬くて食べるのが容易ではなかった。ところが今の食事というのは、ファストフードしかりコンビニエンスストアの食事しかり、やわらかいものばかりだとは思いませんか?

結局これも同じことなのです。かむ力がないと、骨や歯が丈夫にならない。こうしたものも圧力対応で鍛えられ、丈夫な身体が育まれていくのです。

少子化の先に見える社会の姿

また、少子化というものも、1つの大きな問題です。近年は1人っ子がとても増えていますが、1人っ子というのは、兄弟同士での争いがなく鍛えられていません。それに輪をかけて、おじいちゃん、おばあちゃんが子供を必要以上に可愛がるので、つねに守られる立場であると錯覚してしまうのです。その結果、学校でいじめを受けたときにはね返す力が備わっていません。そうなると一気にストレス状態に入り込んでいくわけです。

不登校や子供の自殺が盛んにいわれ、学校教育が云々といいますが、これはむしろ社会全体の問題なのです。過酷な労働や人権を守るために便利になつた社会。ところがその便利さに翻弄され、精神的に弱くなっていく子供たち。

ある意味で彼らは犠牲者ともいえるのではないでしょうか。これからの日本は、しばらくの間少子化に悩むと思われます。そして数少ない子供たちはますます大事にされ、事が起こる前に大人たちが先回りをして、穏やかなレールを用意してしまいます。こうしたことが続けば、何年か先は、今よりもはるかにストレスに弱い社会が訪れることは間違いないでしょう。

長時間労働や苦痛に満ちた人間関係、さらには必要以上の夜更かしなど、重力に反発した生活は決して良い社会とはいえません。しかしながら、ストレスのまったくない社会というのも、必ずしも良い社会とは言えないのです。

重力から身体を解放してあげるメリット

すべての病気は重力が係わっている

あなたは日ごろ「重力」ということを意識したことがありますか?そもそもこの重力というものの正体は、地球上に存在するあらゆる物質が地球から受ける万有引力と、地球の自転による遠心力とを合わせた力のことをいいます。

何やらこのように説明すると難しくなってしまいますが、分かりやすく説明するならば「地球の重さに引っ張られる力」と考えて頂いていいでしょう。

重力がなければ、地球上に存在するあらゆる物質は宇宙に放り出されてしまうのです。日ごろ意識せずに生活している方がほとんどでしょうが、重力を抜きにしては人間の健康と病気、若さと老いについて語ることはできません。重力があるため人間は、骨と筋肉が身体を支えるためにも、心臓の上部にある脳へ大量の血液をめぐらせるためにも、非常に大きなエネルギーを必要とします。

ところが人間の細胞というのは働くことと、更新(新しい細胞に生まれ変わる)することの2つを同時にすることができません。このため細胞自身が更新を始めるのは、エネルギーから解放されたときだけなのです。いわゆるエネルギーから解放されるときというのは、心身がリラックスしている状態をさします。細胞の更新、つまり古い細胞と新しい細胞の交換が順調に行なわれないと人間は健康を害することになるのです。老化の進行やすべての病気は、この重力が作用していると考えて間違いなく、いかに重力と上手に付き合っていくかを考えなくては若々しく病気と無縁な生活を送ることはできない。

これが私の一貫した主張です。我々は現在、当たり前のように2本足で立ち、歩行していますが、実はこれも多大な重力に逆らいながら生きているようなものなのです。

そもそも人類の歴史をさかのぼれば、上陸の始めは、地にへばりつくような生物としてこの地上に存在していたわけです。ところが人間は、重力に打ち勝ったことによって「2本足で歩く」という機能を手に入れました。立ち上がることによって日々の活動が容易になり、自由な生き方ができるようになったのです。

海辺を走ることもできるし、山に登るともできます。さらには手を使って大脳も発達し、今の文明社会を築きあげる身体機能と知恵を得てきたわけです。

ところが、一見重力に打ち勝ったかに見える人間の最大のウィークポイントが、なんと「重力に弱い」ということなのです。実に不思議なことと思われるでしょうが、少し考えてみてください。

新幹線などに乗って席が取れなかったとしましょう。2時間程度、ずっと立ちっばなしでいたらかなり疲れるはずです。たいへんな苦痛に違いないし、リラックスなどできはしません。

ところが座っていればそうではないし、まして横になって寝ていれば2 時間など「あっ」という間です。つまり人間は、「立つ」ということによって、それまで以上に重力を感じる生き物へと変化してきたというわけです。

当然のことながら、重力の少ない世界の方が生き物はずっと楽に生活できます。すたとえば水の中。人類の先の先の祖先も、かつて水中に棲んでいたときの方が、浮力で自らの体重を軽減するため、ずっと楽な生き方ができたのです。

だからこそ、水中の生き物の中には人類よりもはるかに長生きの古代魚といわれるような生物が存在するのです。彼らは重力というエネルギーから限りなく解放され、とても強い生命力を維持しています。

私たち人間が病気になる理由は、すべてこの重力対応を疎かにしたことによる76ものです。長時間労働であったり、夜更かしであったり、また立ち仕事であったりとその理由はさまざまです。

また背の高い人が病気になりやすいというのも、背の低い人よりも重力に逆らう比率が高いことによるものです。では、どのように病気を防げばいいかというと、これはもう単純なことで、長時間労働をやめ、充分な睡眠をとって重力から解放されることにほかなりません。

疲れたら休む、眠たくなったら寝る。できるだけストレスを感じないよう、ときには楽をしながら生活することが肝心です。そうした当たり前の生活を習慣づけられれば病気にはなりません。

「なんだ、そんなことか」と思う方もいるでしょう。しかし、そうした当たり前の生活をきちんと送れている人が、はたしてどれだけいるかは疑問です。むしろ当たり前の生活を送れていない人が多いからこそ、現代社会には病気が蔓延しているのではないでしょうか。

高血圧症、糖尿病、狭心症、不整脈、心筋梗塞、脳卒中、くも股下出血など、すべては重力対応を疎かにしたことにより、正しく免疫力が作用しなかったことによる病気なのです。