サプリ依存が招くもの

口コミで拡大するサブリ市場

身体にいいことをやっている人というのは、ゆとりのある人だと思うのです。そうした観点から見れば、いろいろな健康法を試している人は、長時間労働などから抜けきれず自分の身体を省みない人や、医療に頼りきりという人よりもずっと健全であるということができると思います。

さて、サプリメントについて、持論を持っています。サプリメントが世の中にこれだけ広まったというのは、医療の薬が効果を発揮していないからだと思うのです。薬に効果がないものだから「これではいけない」ということで生まれてきたのではないかと。ところが医療関係者というのは権威がありますから、間違った薬でも飲み観ける人は相変わらず多いのです。

いっぼうでサプリメントや健康食品の世界は、医師のような権威がないところで発展してきました。飲んだ人が、自分の体験から「使ってみて良かったからすすめる」という形でここまで広まってきたわけです。

そういった土俵では、本来サプリメントや健康食品はとうてい勝ち目のない勝負をしているわけですが、普及率を比べてみれば、なかなかいい勝負をしているわけです。

こうした現実に医療機関の人々は「そんなもので病気が治るわけがない」と一刀両断していますが、現実的には薬の世界がどんどん頭打ちになっているのに対して、サプリメントの世界は新規参入がどんどん増えて拡大傾向にあります。つまりどれだけ知識と権威を振りかざしても、実際の市場ではそろそろ危うくなってきていると考えなくてはだめでしょう。

そもそもサプリメントは保険がきくわけではありませんし、ひとつひとつの価格も決して安いものではありません。つまり「試してみたけれど何もいいことがない」という結果であれば、高いお金を払って飲み続ける人はいないでしょう。

肌のつやが良くなったとか、便通が改善されたとか、このごろ手足の冷えがなくなったとか、何らかの自覚がなければおそらくここまで拡大しなかったのではないかと思います。

基本的に、サプリメントや健康食品の市場拡大は「口コミ」によるところが大きく、効果が出れば誰だって人に教えたくなるものです。つまりサプリメントの世界というのは、何らかの効果がなくては認められない世界なわけで、「自分で試してみた」という、第三者の実感がともなつているから説得力もあるのです。

食事とサプリの正しい関係性

とはいえ、サプリメントでいう謳い文句にすべて賛同できるとは思いません。よく「食事の代わりに」と言いますが、はたしてここまで言えるものかというと、大いに疑問です。

たしかに栄養素としてビタミンやミネラルをサプリメントによって摂取するという考え方は間違っていないと思いますが、人間の食事というは、ただ単に栄養素を補うだけのものではありません。「ものをかむ」という行為によってあごの筋肉が鍛えられたり、温かいものを食べることで体温を上げたりと、食べるという行為自体がもたらすメリットや、食べるものの種類が導くメリットがそれぞれにあるものなのです。

また、そこには味覚の発達という大事な要素も含まれます。つまりサプリメントについても過度の期待はだめ。あくまでも不足した栄養素を補う目的で使用するに止めておくのが賢い活用のしかただと思います。
さらにいうなら、身体が破綻をきたすのは、何も栄養素の不足が問題なのではなく、生き方の無理や心の悩みが大きな要素となっています。

たしかにサプリメントは使い方によっては健康をサポートしてくれるものには違いありませんが、病気のすべてに打ち勝つ理論にはなっていないのです。

だからこサプリメントを否定こそしませんが、必要以上に熱心になろうとするのはちょっと首をかしげてしまいます。最近は若い女性が社会に進出し、バリバリ働くキャリアウーマンが登場していますが、そういう人たちの中にはサプリメントの信奉者が多いものです。

彼女たちがサプリメントに手を出すきっかけというのは、やはり体調にかげりが見えたり、夜更かしが続いて肌が荒れたりすることによるものだと思うのです。

そんなときに「これさえ飲んでいれば大丈夫」という過信は危険です。多少のプラスにはなるでしょうが、彼女たちの身体を蝕んでいるものはストレスなのですから。サプリメントを飲んだからといって、根本的な改善を得られるはずがないのです。

100種類のサプリメントの効能、効果
http://more-supplement.info/

薬との正しいつきあい方

「効きかなくなったらすぐやめる」というスタンスを常に意識する

糖尿病という病気は、インスリンを分泌するすい臓のベータ細胞の疲弊によって発症するといわれています。疲弊した組織は、体温を上げて血行をよくすることで回復します。

ところがその疲弊した細胞をわざわざ刺激して、インスリンの分泌を誘発するのが経口糖尿病薬のスルフォニル尿素剤という薬です。
これは、そもそも働しきすぎで疲れきっているすい臓をムチ打って「働け! 働け! 」と過労を強いているのと変わりありません。
もちろんすい臓にしても、そうした無理をいつまでも続けられるはずもなく、およそ2週間ほどもすると仕事を投げ出し、薬は効かなくなります。

これと同じょうに、腎臓を患った人が利尿剤を使えば、たしかに尿の出はよくなるかもしれません。しかしそれは、腎機能を助けているのではなく、無理矢理働かせているだけです。

ですから、その後、脱水から循環障害を併発して、腎機能はますます悪化していくぼかりです。よく「腎臓の障害は音もなく進行する」と言いますが、それは間違いです。

腎臓病の悪化は無茶な薬の投与によって進行していると考えていいでしょう。ですから私は、経口糖尿病薬や腎臓病の利尿剤については「効かなくなったらすぐにやめなさい」と警告しています。

体調が思わしくないと感じたら、即刻薬はやめる。これが薬による被害から逃れる唯一の方法なのです。ところが、こうした決断をするのはなかなか難しいことでもあります。

当然本人は自分の身体のことですから「はたして効いているのかな? 」という疑問を持つでしょう。しかしそれを医者に告げられない。あるいは告げたとしても容認されない、ということが現実にあるのです。

以前、講演をしたさいに、たいへん元気なご婦人にお会いしました。その方は医者からコレステロール値が高いといわれ、薬を飲んでいました。ところが私の講演を聴いて「やはり薬は必要ないんだと実感しました。でも病院の先生には言えません」と言う。その理由を尋ねたところ、永年かかりつけの先生で、地域には病院が1ヶ所しかない。もし何かあったときに、勝手に薬をやめて、先生に診てもらえなくなることが恐ろしいと。いかがでしょう?

こうしたことは、少なからず皆さんの身のまわりにもあることではありませんか? なかなかしがらみから逃れきれない。逃げられないからやめられない。やめられないから治らない。これもまたたいへん不幸な「負の連鎖″」です。せっかく薬は必要ない、という勘が働いているにもかかわらず「しがらみ」という、なんとも日本的な慣習に負けてしまっているのです。こうしたことは実によくあり、ガンになったとき「大病院へ行きなさい」とすすめられ、「自分は自分のカで治したい」と言ったところ、家族みんなから「何をバカなことを言っているんだ。民間療法などで痛という病気が治るわけがないじゃないか。しっかりと治療をしなくてはダメだ」と、説き伏せられる。

その人も、抗ガン剤治療はあてにできない、という勘が働いても「家族の思い」に負けてしまうのです。か「薬は必要ない」という野性の勘が働く人はけっこういるのです。そしてそう勘というのはほとんど正しい場合が多い。しかしながら、その勘通りに実行できるかというとそうでもない。

特にステイタスのある人であればなおさらです。本人にとってはそちらの方が幸せであるにもかかわらず、家族はもとより、多くの取り巻きがそろって「NO」と言うでしょう。

「医者嫌い、薬嫌い」が良いわけではない

とはいえ、単なる医者嫌い、薬嫌いというのも考えもので、自分の身体の状態も知らずに、またきちんとした理由もなく、ただ医療を拒絶するというのも間違いです。

よく「医者の言うことはアテにならん。自分は自分のやりたいように生きるんだ」と言う人がいますが、それはもうただの頑固者です。どちらかといえば医者嫌い、薬嫌いの人は野性の勘が強く働いている人だと思いますが、その野性の勘だけで病気を治すことはできません。
そうした勘に基づいて、正しい生活を送り、病気を治そうという気持ちがなければ「野性の勘の持ち腐れ」ということになってしまいます。

西洋の薬は、代謝を阻害するという事実

副作用を知らずに処方箋を書く医者の多さ

今の日本人は西洋の薬に対して無批判に依存的になりすぎている傾向にあります。同じ薬でも、かつての日本には「和漢薬」というものがあって、ドクダミやセンナなどを薬箱に常備しておいて、体調が悪いときだけ煎じて飲んでいたものです。

ああいうものはさほどの害がありませんでしたが、いま出回っている西洋薬というのは、ほとんどにおいて代謝阻害剤としか考えられないものが多すぎます。

たとえば血圧を下げる薬コレステロールの代謝を下げる薬、これらはすべでが代謝機能を止めるこで身体に作用しているわけです。

また一般的に流通している痛み止めなども、プロスタグランジンの産生を止める薬です。プロスタグランジンは血管拡張作用、発熱作用、痛み作用を持っている。
すると血管を収縮させることで腫れはひけるし、熱は下がり、痛みも止まってきます。このしくみ自体が代謝を阻害していることになるのです。

また痛風であれば、尿酸を下げる薬がありますが、この薬も非常に怖い。とにかく副作用が多いのです。ところが医者は副作用の項目に目をやっていない場合が多い。

これは見逃しているのではなく、どんな副作用があるかを知ってしまうと怖くてその薬が使えなくなってしまうわけです。結局「みんなが使っているからいいか」という発想で処方箋を書いているわけです。

本来、尿酸を下げる薬などは、大変な副作用が出るものなのです。2日か3日くらいならばまだしも、2週間も3週間も続けて飲むような薬ではありません。

刺激興奮とか錯乱など、実にさまざまな副作用を併発させる薬なのです。また、抗不安剤なども極めて危ない。抗不安剤という薬はたいへん依存症を起こしやすい薬なのです。これは副作用の覚書にも書いてありますが、1回飲んだらやめられない。麻薬のようなものです。こうしたことを多くの医者が知ろうとしないことがまずもって大きな問題であると考えていいでしょう。

なにもすべての西洋薬を完全否定しようというつもりは毛頭ありません。しかし、未熟な医師の無責任な判断によって処方される薬の害は大きなものがあります。
この事実を正確に把握せず、医者に与えられるままに薬を飲んでいれば、治る病気も治らなくなる。それどころか新たな病気の発症を導くことにもなりかねません。

薬の「負の連鎖」を断つために

また、いま薬を飲んでいる年配の方には、平気で10種類とか、15種類を飲んでいる方がいますよね? これは、1つの薬を飲むことで導き出される副作用を抑え込むために、さらにもう1つの薬を飲まなくてはならないからです。

もっとも身近な例を挙げるなら、感冒薬が胃腸を荒らすからといって、胃腸薬を処方される場合がありますが、これと理屈は同じです。つまり負の連鎖反応なのです。そもそも西洋薬の成り立ち自体が、戦争などで傷を負った兵士に即効性のある治療をし治癒をすることを目的として開発されたものが多いわけです。

たしかにそうした状況下にあれば、クスリの必要性や意味というものがいささか違って解釈できるかもしれませんが、すくなくとも今の日本においては戦争が行なわれているわけではない。その場しのぎの治癒を求めるのではなく、人間の自然治癒力にのっとった根本的な医療が必要なのです。

ともあれ、西洋の医学で分析されて作られた薬というのは、ほとんどが代謝阻害剤であるといっても過言ではありません。分析によって、身体の中の代謝機能が解明され、そこに働く酵素が明らかになってくれば「その酵素を止めてしまえ」とするという、いたって単純な発想で作られたものが多いのです。

だからこそ切れ味はよく、より早く熱も下がれば痛みも止まります。しかしそれは病気を治したということではなく、機能を一時的に止めたに過ぎないということを理解していなくてはならないのです。

つまり西洋薬というのは、急性症状を一時的に和らげて身体の負担を少なくしようという効力しか持ち合わせていないのです。そうした薬を慢性疾患に延々と使っていれば、身体がおかしくなっていくのは当たり前のことです。

風邪と免疫力の意外な関係

薬を飲むと風邪が長引く

風邪をひいて熱が出る、せきが止まらない、関節が痛い…などみなさんはこれらの症状はすべて風邪が引き起こしている「悪作用」だと思ってはいませんか?
前の項目でもふれましたが、病気を治すにはまず、こうした間違った考えを改めなくてはなりません。なぜなら、風邪による発熱や関節の痛み、のどの腫れといった炎症症状は、すべて身体が治ろうとしている治癒反応であり、悪作用どころか、免疫力向上のためにも大きなチャンスということができるのです。

そうしたときに風邪薬を飲むというのは非常に愚かなことです。たとえそれがインフルエンザのような手ごわい病気であっても同様で、水分を充分にとって、温かくしていれば、たいていの場合は自然に治ってしまいます。

風邪をひくときはひいてしまいなさい、インフルエンザも恐れずにかかってしまいなさい、というのが元来の考え方です。

いささか乱暴に聞こえるかもしれませんが、これには多くの理由と、裏づけがあります。たしかに高熱が出たときというのは非常につらいものです。

しかし最初に熱が出てしまった方がむしろ治りが早いのも事実。ところが、ここであわてて風邪薬を飲んでしまえば、逆に治るまでに時間がかかってしまいます。

風邪をひいて治るまでの日数は平均で2~4日といわれています。つまり3日も大人しくしていれば風邪は自然と完治するものなのです。

ところが、熱が出始めた段階で薬を身体に入れて強制的に熱を抑え込むようなことをすれば、せつかくの治癒反応にわざわざストップをかけることになります。

その結果、3日で治るものが、4日5日と長引いてしまうこととなるわけです。よく「仕事にさしつかえるので早く治したい」といって、すぐに薬を飲む人がいますが、それは大間違い。早く治したいのなら、薬など飲まずに安静にすることが何よりです。

そもそも薬を飲んで、身体を騙しだまし仕事をしていても、いい仕事などできるはずがないとは思いませんか? 3日ですっきり完治してはつらつと仕事にのぞむのと、いまひとつすぐれない身体をひきずり、我慢しながら5日も職場に足を運ぶのと、どちらが効率的かは、ここであらためて言うことでもないでしょう。

そもそも風邪が治るのは、ウィルスと闘う免疫細胞のリンパ球が発熱によって活性化するからです。また発熱は代謝の克進現象でもあり、人間の体内に侵入した微生物を排除するためにも代謝機能を向上させる必要があるのです。

この代謝の高まりは、発熱のエネルギーによって得ることができます。つまり発熱にともなう悪寒も、実は血流を増やして「早く熟を上げてくれ!」という身体の反応なのです。

また、高熱が出たときには身体の節々が痛み、のども腫れて痛みが生じます。これらの炎症症状は血液の増加による組織の膨張によってもたらされます。

つまり組織がふくらんでいるため、病気を治す免疫細胞がそこに一挙に押し寄せ、傷んだ組織の修復にとりかかっている最中なのです。そして、こうしたウィルス感染による発熱や炎症というのは、人間の免疫力の維持向上に大きな作用をもたらします。

疫力は。治ったあとが一番いい状態

体内で免疫力が充分に作用しているときは、人間はウィルスに感染しません。風邪をひくのも免疫力が低下している証拠です。

風邪が治ったあとはリンパ球の増加によって免疫力が高まっていますが、再び免疫力が低下してくると人間は風邪をひいて免疫力を回復させます。

このように人間の免疫力というのは、ウィルスとの聞いをくり返しながら活性化され、その機能が維持されていくのです。つまり1年のうちある程度の回数で風邪をひくというのは、そのつど免疫力が活性化されているということで、健康を保つ上で必要なことです。

だからこそ、風邪やインフルエンザが流行している時期は、人ごみの中にあえて出て行き、ウィルスにさらされるべきでしょう。

それで何事もなければ、今あなたの免疫力は充実しているということであり、安心することができます。感染してしまったとしても、低下している免疫力を高めるチャンスと考えるべきでしょう。

いずれにしろ、風邪をひくときは「しっかりひく」ことが肝心。1度しっかりひいてしまえば、当分の問は免疫力の働きによって風邪をひくようなことはないのですから。

病気の症状「治るためのステップ」

リンパ球がもっとも良く働く体温とは

風邪をひけば誰でも「一刻も早く治したい」と思うでしょう。頭が痛い、のどが痛い、めまいがする、鼻水が止まらないなど…実に不快な症状に違いありません。

これらの症状は、実は副交感神経が必死になて働いている治癒反応なのです。つまりこれは免疫力が作用している状態であり、こうした症状なくして風邪は治らないのです。

そもそも風邪に至るまでの経緯というのは、白血球の顆粒球とリンパ球の2つのうち、ウイルスなど小さなものと闘うリンパ球が、ウイルスを抗原として認識することから始まります。認識を終えたリンパ球は、ウイルスの活動を邪魔する抗体を作り捕まえます。このときにりパ球がウィルスを捕まえている証明として、さまざまな症状が引き起こされるのです。

リンパ球は体温が38度から39度くらいのときにもっとも活発な働きをします。つまり人間の平均的な平熱である37度程度では、リンパ球は風邪のウィルスと対等に闘うことができません。

高熱が出るというのは、ウィルスと闘うためにリンパ球が働いている証拠で、風邪の初期症状で悪寒がするというのは、まさにリンパ球がこれからの闘いに挑む「武者震い」 ということができます。

だからこそ熱が上がりきると悪寒は引き、リンパ球が風邪のウィルスと闘っている最中は汗がでて熱を下げていくのです。

このようにリンパ球が風邪のウィルスと闘っている最中に、むやみに薬を飲んではいけません。

たとえば、医者から「のどに炎症を起こしている」と言われたとしましょう。炎症とは、人間の体内に発生する熱、腫れ、痛みなどを指します。
こうした症状は交感神経優位となり顆粒球が影響して起こる場合もあります。この顆粒球が係わる炎症か、リンパ球が係わる炎症かで、薬を使用して良いか否かは違ってきます。基本的には、体力が消耗して免疫力が低下しているときに顆粒球が係わり、ウィルスに対して免疫力が働かないまま肺炎を起こした場合に抗生物質を使用する以外は、薬を使う必要はないでしょう。

また39 度を超える非常に高い発熱の場合なども解熱剤などを使用することは考えられます。ただし、こうした場合もー気に熱を下げるようなことをしてはいけません。

ウィルスと樹うリンパ球の負担を軽減させるくらいの気持ちで、アセトアミノフェンなどの弱い解熱剤を少し使いながら、最終的には自然治癒力による治癒へと導くことが大切です。

つらい症状にも意味がある

このように、私は西洋薬を完全否定するわけではありません。問題は使い方です。特に慢性疾患に対する薬の使い方です。

現在の慢性疾患のすべてが薬頼みになっていることに大きな危機感を感じているのです。どのような病気にしても、人間を苦しめる症状というのは、その病気が治るためのステップなのです。そのことに医者も患者も気づこうとしない、あるいは我慢してやり過ごそうという気持ちがないということが問題なのです。

風邪による発熱や炎症という比較的身近な病気以外にも、潰瘍性大腸炎やクローン病にともなう下痢、胃炎にともなう吐き気やむかつき、アトピー性皮膚炎にともなうかゆみ、花粉症にともなう鼻水といった数々の症状も、すべては身体が治ろうとして現れる治癒反応です。

体内にたまった毒素や、身体が拒絶反応を起こしたものに対して排泄反応を起こしていることによる痛みや不快感にほかなりません。

昔の医者はほんの短期間、非常に苦い薬を処方していたものです。これうながは身体が拒絶する反応を起こさせ、排出を促し、生体のバランスを保とうとしていたもので、病気を治す手助けをしていたということができます。

そして「医学の本質はここにあり」というのが本来の考え方です。

病気は、クスリでもって症状を無理に止めようとしてはいけません。身体に現れる症状はすべて「治ろう」とする治癒反応であるということを忘れてはならないのです。

そして症状が出たら、身体をできるだけリラックスさせて症状が治まるのを待っことがなによりです。自然治癒力で身体の修復が進むにつれて、免疫力が正しく作用し始め、病気は必ず治癒に向かいます。そして免疫力は、治ったあとにもっともいい状態となるのです。

私たちも「自分の免疫力で治す」という考え方を根底に持つべきなのでしょう。