フリーラジカルの「毒」を消す細胞の仕組み

そのようなことになっては困りますから、私たちの細胞はSOD(スーパーオキシドジスムターゼ) などの酵素を備えていて、フリーラジカルの攻撃から身を守っているのです。

ヒドロキシルラジカルの発生源となるスーパーオキシドが、エネルギー代謝の過程で発生するたびに、このSODがせっせと働き、スーパーオキシドを端から消去しています。

また、細胞膜の油には抗酸化作用のあるビタミンE やβ-カロチン(プロビタミンA )が補われ、細胞の内外を満たしている水にはビタミンC が溶けこみ、これらもスーパーオキシドやヒドロキシルラジカルの消去に働いているものと考えられています。

ネズミから象まで、酸素呼吸をするあらゆる動物は等しくSODを備えています。植物のように体内でビタミンを合成できない動物たちは、華や木の実を食べてビタミンをとり入れます。シマウマなどの草食動物を倒したライオンは、まっさきに腸を食べるそうですが、これなども抗酸化ビタミンを体に補給する知恵ではないかと想像されます。

こうした事実は、酸素呼吸から不可避に発生する活性酸素の「毒を打ち消す仕組みと知恵を備えた生物だけが、酸素の多い地球環境で生き長らえることができたことを意味しているのです。

細胞膜で酸化の連鎖反応を引き起こす「過激分子」

活性酸素は体をさまざまな形で傷めつけ、さまざまな生活習慣病(成人病)と関わっているといわれ、その主犯格はヒドロキシルラジカルであると考えられています。

ヒドロキシルラジカルが、細胞を構成している物質を酸化すると、どういうことになるでしょうか。細胞膜を例にみておきましょう。

細胞膜は脂質、つまり油でできている二重の膜です。その油は、たとえていえば使う前の天ぶら抽のようにサラサラした油で、細胞はこの抽の膜のデリケートな性質によって、生命活動に必要な物質をとりこみ、老廃物を外に出すことができるのです。

このデリケートな油の成分を不飽和脂肪酸といいます。脂肪酸は炭素原子が4本の手で鎖状につながったものですが、不飽和脂肪酸の炭素原子は互いにつなぎあっている手が切れやすいために、そこに他の物質が手をつなぎ、酸化されやすい弱点があります。

天ぶら油に含まれるリノール酸はその不飽和脂肪酸の一種ですが、細胞膜も不飽和脂肪酸を含んでいます。天ぶら油を空気中に放置すれば、リノール酸などの酸化がゆっくりと進みますが、ヒドロキシルラジカルに襲われた細胞膜では酸化が一気に進みます。

ヒドロキシルラジカルが細胞膜の不飽和脂肪酸から電子を奪うと、ペルオキシルラジカルやアルコキシルラジカルルなどの新たなフリーラジカルが発生します。

ヒドロキシルラジカルは不飽和脂肪酸から電子をもらうことで安定しますが、かわりに不飽和脂肪酸が電子を失って不安定なフリーラジカルに化けてしまうのです。

フリーラジカルの危険な正体は、このように、ある物質から電子を奪っことでその物質をフリーラジカルに変えるため、酸化の連鎖反応を引き起こし、広範囲にダメージを及ぼす点にあるのです。

細胞膜に発生したペルオキシルラジカルは、再び不飽和脂肪酸を酸化して、過酸化脂質をつくります。この反応系に酸素が加わると、再びペルオキシルラジカルが発生し、そのペルオキシルラジカルがまた不飽和脂肪酸を酸化して過酸化脂質をつくる。

こうして、ヒドロキシルラジカルの最初の一突きがもとで、細胞膜のデリケートな性質を担っていた不飽和脂肪酸がどんどん過酸化脂質に変質していくのです。過酸化脂質は読んで字のごとく酸化されすぎた油で、いわば油のサビのようなものです。

天ぶら油を使い古して汚れてくると、色が黒ずんでドロリと流動性が悪くなり、異臭を放ちますが、これも油袖に含まれるリノール酸などから過酸化脂質ができるためです。過酸化脂質がふえた細胞膜は、使い古しの油のように流動性が悪くなります。細胞膜を通して、思うように物質の出し入れができなくなるので、やがて細胞の死につながります。

死んだ細胞のかけらの上でも、まだフリーラジカルの連鎖反応は続いており、これがまた別の新たな細胞を酸化することになるかもしれません。

呼吸で取り込んだ酸素が有害な悪玉酸素に化ける

20億年前の地球に藍藻類が大繁殖して酸素を生み出したとき、その酸素は他の生物にとっては猛毒で、ほとんどの生物が死滅したことを先ほどお話ししました。

私たちは今、酸素がなければ1日たりとも生きることができませんが、それは気の遠くなるような長い進化の過程で、酸素を利用しながら同時にその「毒」を中和する術を身につけた結果なのです。

酸素に物質を酸化する作用があることはどなたもご存じでしょう。鉄をサビつかせたり、ハムやチーズなどの切り口を変色させたり、コーヒー豆をまずくしたり、天ぶら油を黒ずませたりと、酸化作用はどちらかといえば、ありがたくないものです。

ありがたい作用としては、オキシドール(過酸化水素水)による傷口の消毒があります。これは過酸化水素が分解するときに発生する酸素によって、傷口の細菌を死滅させる作用です。
破傷風菌のような嫌気性生物にとっては、酸素は今でも猛毒なのです。

私たちの体の仕組みは嫌気性生物とはまるで異なりますが、それでも酸素の「毒」から完全に逃れられたわけではありません。

呼吸によってとりこんだ酸素は、血液によって全身の細胞に供給され、細胞はこの酸素と栄養をエネルギーに換えることで生命活動を営んでいます。こうして細胞にとりこまれた酸素のうち、ごくわずかな量が活性酸素という不安定な酸素に化けることが知られているのです。

活性酸素の代表的なものの1つは、「スーパーオキシド」と呼ばれる酸化作用の強力な酸素で、細胞がエネルギーをつくる化学反応でもたえず発生しています。スーパーオキシドは細胞の内外での化学反応をへて、酸化作用がスーパーオキシドのさらに数十倍に強まった「ヒドキシルラジカル」と呼ばれる悪玉酸素に化けることも明らかにされています。

酸素分子は普通、16個の電子を持っていて、そのすべてがペア(対)になって原子のまわりを回っています。ところが、スーパーオキシドやヒドロキシルラジカルの分子には、ペアからあぶれた電子があります。

このあぶれた電子のことを不対電子といいます。不対電子は、ペアとなっている電子の仲を引き裂いて自分がペアになろうとする「不倫電子」です。したがって、不対電子があるということは、その物質の状態が非常に不安定だということです。不安定というのは、他の物質とすぐさま反応して、その物質から電子を奪い、すべての電子をペアにして安定したがっているということです。

みなさんは昔、学校で、酸素が他の物質と結合することを酸化というのだと習ったかと思いますが、もう少し進んだ化学の定義では、こうして電子を奪うことを「酸化する」といい、電子を奪われることを「酸化される」というのです。

つまりスーパーオキシドやヒドロキシルラジカルは不対電子があるおかげで、普通の酸素にくらべはるかに強力な酸化作用を他の物質に及ぼすのです。

このように不対電子を持つ不安定な原子や分子のことを「フリーラジカル」とも呼んでいます。フリーは「自由な」、ラジカルは「過激分子」という意味ですから、「自由な過激分子」という直訳がそのまま、スーパーオキシドやヒドロキシルラジカルのようなフリーラジカルの性格をよく表現しています。

体内で発生する活性酸素はほかにもありますが、スーパーオキシドやヒドロキシルラジカルはなかでも著しく反応性が高いため、細胞にさまざまな悪さをするのです。

イニシエーションとは遺伝子異常が積み重なる過程

仏教では、昔からの解脱を説きますが、ガンは予防に心がければ苦にはなりません。私たちが父親と母親から受け継いだ大切な遺伝情報を守るため、細胞内にはDNA修復酵素が待機しています。

ガン原遺伝子の点突然変異がたとえ起こっても、この酵素がせっせと修復してくれるのです。しかし、ガン原遺伝子に突然変異を引き起こすような原因が強く作用しつづけ、DNAの損傷が相次げば、酵素による修復が間に合わなくなり、ガン遺伝子に変わってしまうガン原遺伝子も出てきます。

イニシエーションとは、このようなガン遺伝子の活性化(ガン原遺伝子の突然変異)とガン抑制遺伝子の損傷が、ある1個の正常細胞のなかで積み重なる過程なのです。

では、ガン原遺伝子の塩基配列を乱し、突然変異を引き起こす原因とは何か、ということになります。

皆さんは「発ガン物質」、とお答えになるかもしれません。ひとまず、それは正解です。しかし、そうだとすると、焼き魚などに含まれる発ガン物質の「毒に対してエノキタケが「薬」として作用するという場合、これはどのような作用をさすのでしょうか?

実は、発ガン物質は体内に吸収されると、ある種の酸素によって細胞に「毒として作用しますが、エノキタケなどの食用きのこには、この悪玉酸素を消去する働きがあるのです。

遺伝子のたった1ヶ所の狂いからガン細胞ができる

ヒトという種の絶滅には至らないまでも、DNAの突然変異によって、個体を死に追いやるのがガンという病気です。ガン細胞は正常細胞が変異して化けたものです。

その過程はイニシエーションとプロモーションの2段階からなるのですが、これをもう少しくわしくいうと、イニシエーションとは正常細胞のいくつかの遺伝子の変異が積み重なり、細胞内に変異が蓄積する過程とみることができるのです。

正常細胞から生まれたガン細胞がもとの正常細胞と大きく異なるのは「自律性増殖」と呼ばれる、無限に分裂増殖しっづける性質にありますが、これはある種の遺伝子の突然変異によってガン細胞が獲得した性質なのです。私たちの体では、脳や心臓を除くほとんどの臓器や組織で、新しい細胞が古い細胞と入れかあかわる新旧交代劇がたえず繰り返されています。

たとえば皮膚組織から古くなった細胞が垢となってはがれ落ちるときは、増殖因子と呼ばれる一種のシグナル物質が放出され、皮膚の基底層にある細胞を刺激します。すると、シグナル物質を受けとった細胞では、遺伝子Aが細胞内の各所にそのシグナルを伝え、分裂増殖を指示します。

細胞分裂が起こり、新しく生まれた細胞によって古い細胞の穴が埋められると、必要以上に細胞分裂が続かないよう今度は遺伝子Bが働いて、分裂増殖にストップの指示を出すのです。正常細胞にはこのような、分裂増殖をコントロールしている一群の遺伝子があることがわかってきました。

約60兆個もの細胞からなる私たちの体が、体として成り立っているのは、この遺伝子AやBが正常に作動して、細胞分裂が秩序正しく繰り返されているからです。

ところが、ガン細胞では、その遺伝子AやB に突然変異が起きていることがわかってきたのです。遺伝子A はいわば細胞分裂のアクセルで、遺伝子Bはブレーキです。アクセル役の遺伝子Aが活性化されて増殖のシグナルを出しつづけ、しかもブレーキ役の遺伝子B が故障しているために、まわりの細胞にはおかまいなしに無限に増殖する暴走車に変身してしまったのが、ガン細胞だということです。

正常細胞がもともと持っている遺伝子Aのことを「ガン原遺伝子」(または原型ガン遺伝子、英語でプロトオンコジーンと呼んでいます。これに対して、ガン細胞から発見された、このガン原遺伝子が突然変異を起こしたもののことを、「ガン原遺伝子」と区別して「ガン遺伝子」(英語でオンコジーン) と呼んでいます。

ガン(原) 遺伝子は、現在までに約100種類発見されています。たとえばヒトのガンから最初に分離された「ラス」という名前の遺伝子は、細胞膜でラス・タンパク質をつくり、このタンパク質によって、細胞外からの分裂増殖のシグナルを細胞内に伝える役目をしているものと推測されています。

このラスが活性化されて、シグナルのタンパク質を勝手につくりつづければ、その細胞内には分裂増殖を指示する声がたえず響きわたることになります。ラス遺伝子の塩基配列、つまりA・G・C・Tの4文字で善かれた長い長い文章を、正常細胞とガン細胞とで読みくらべた結果、わずか1ヶ所に誤りがあることがわかりました。

このたった1カ所の突然変異(点突然変異といいます)によって、正常細胞がガン細胞へと狂い始めるのです。ガンの遺伝子レベルでの解明が長足の進歩をとげたおかげで、このようにいろいろなことがわかってきました。

驚くべきことに、ガン遺伝子のもとになるガン原遺伝子は、私たち生物が生存するために、どうしても必要な遺伝子だったのです。この結果、現在地球上に存在するすべての脊椎動物はガンになることが知られており、ことに高度な進化をとげ、万物の霊長となった私たち人類はこの病気に苦しめられることになったのです。

こうしたことを考えると、私はときどき仏教でいう「四苦八苦」という言葉を思い出します。四苦とは、生まれる苦しみ、病になる苦しみ、老いる苦しみ、死ぬ苦しみで、八苦とはこれに怨み憎む人と会う苦しみ(怨憎会苦)、愛する人と別れる苦しみ(愛別離苦)、得られぬものを求めて得られない苦しみ(求不得苦) が加わり、八番目の五藩盛苦とはありとあらゆるものに苦がある、ということだそうです。

私はこの道の専門ではないから、むずかしいことはわかりませんが、実存のなかに苦があるということだと説く人もいます。私たちが生きていることと切っても切り離せない形で苦がある、ということでしょう。このことは、私たちの体の細胞のなかにガン原遺伝子があるという事実と、相通じているように思えてならないのです。