薬との正しいつきあい方

「効きかなくなったらすぐやめる」というスタンスを常に意識する

糖尿病という病気は、インスリンを分泌するすい臓のベータ細胞の疲弊によって発症するといわれています。疲弊した組織は、体温を上げて血行をよくすることで回復します。

ところがその疲弊した細胞をわざわざ刺激して、インスリンの分泌を誘発するのが経口糖尿病薬のスルフォニル尿素剤という薬です。
これは、そもそも働しきすぎで疲れきっているすい臓をムチ打って「働け! 働け! 」と過労を強いているのと変わりありません。
もちろんすい臓にしても、そうした無理をいつまでも続けられるはずもなく、およそ2週間ほどもすると仕事を投げ出し、薬は効かなくなります。

これと同じょうに、腎臓を患った人が利尿剤を使えば、たしかに尿の出はよくなるかもしれません。しかしそれは、腎機能を助けているのではなく、無理矢理働かせているだけです。

ですから、その後、脱水から循環障害を併発して、腎機能はますます悪化していくぼかりです。よく「腎臓の障害は音もなく進行する」と言いますが、それは間違いです。

腎臓病の悪化は無茶な薬の投与によって進行していると考えていいでしょう。ですから私は、経口糖尿病薬や腎臓病の利尿剤については「効かなくなったらすぐにやめなさい」と警告しています。

体調が思わしくないと感じたら、即刻薬はやめる。これが薬による被害から逃れる唯一の方法なのです。ところが、こうした決断をするのはなかなか難しいことでもあります。

当然本人は自分の身体のことですから「はたして効いているのかな? 」という疑問を持つでしょう。しかしそれを医者に告げられない。あるいは告げたとしても容認されない、ということが現実にあるのです。

以前、講演をしたさいに、たいへん元気なご婦人にお会いしました。その方は医者からコレステロール値が高いといわれ、薬を飲んでいました。ところが私の講演を聴いて「やはり薬は必要ないんだと実感しました。でも病院の先生には言えません」と言う。その理由を尋ねたところ、永年かかりつけの先生で、地域には病院が1ヶ所しかない。もし何かあったときに、勝手に薬をやめて、先生に診てもらえなくなることが恐ろしいと。いかがでしょう?

こうしたことは、少なからず皆さんの身のまわりにもあることではありませんか? なかなかしがらみから逃れきれない。逃げられないからやめられない。やめられないから治らない。これもまたたいへん不幸な「負の連鎖″」です。せっかく薬は必要ない、という勘が働いているにもかかわらず「しがらみ」という、なんとも日本的な慣習に負けてしまっているのです。こうしたことは実によくあり、ガンになったとき「大病院へ行きなさい」とすすめられ、「自分は自分のカで治したい」と言ったところ、家族みんなから「何をバカなことを言っているんだ。民間療法などで痛という病気が治るわけがないじゃないか。しっかりと治療をしなくてはダメだ」と、説き伏せられる。

その人も、抗ガン剤治療はあてにできない、という勘が働いても「家族の思い」に負けてしまうのです。か「薬は必要ない」という野性の勘が働く人はけっこういるのです。そしてそう勘というのはほとんど正しい場合が多い。しかしながら、その勘通りに実行できるかというとそうでもない。

特にステイタスのある人であればなおさらです。本人にとってはそちらの方が幸せであるにもかかわらず、家族はもとより、多くの取り巻きがそろって「NO」と言うでしょう。

「医者嫌い、薬嫌い」が良いわけではない

とはいえ、単なる医者嫌い、薬嫌いというのも考えもので、自分の身体の状態も知らずに、またきちんとした理由もなく、ただ医療を拒絶するというのも間違いです。

よく「医者の言うことはアテにならん。自分は自分のやりたいように生きるんだ」と言う人がいますが、それはもうただの頑固者です。どちらかといえば医者嫌い、薬嫌いの人は野性の勘が強く働いている人だと思いますが、その野性の勘だけで病気を治すことはできません。
そうした勘に基づいて、正しい生活を送り、病気を治そうという気持ちがなければ「野性の勘の持ち腐れ」ということになってしまいます。

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