手もみ茶を作り畑仕事も

ひいおじいさんはお茶を食べていた

茶園で育ったせいか、もの心ついたころにはお茶を飲んでいました。お茶を飲むだけではなくて、私のひいおじいさんなどはお茶を挽いて粉にして、ごはんにかけて食べていました。
最近、お茶のふりかけとかいろいろ発売されていますけど、うちでは昔からふりかけにしていたんです。
お茶と密接な関係にある環境のせいか、私は12人兄弟の一番上ですが、私の兄弟は9人健在です。戦争がなかったらもっとたくさんの兄弟が生きていたと思います。
健在の兄弟たちはみんなもう老人ですけど、元気ですよ。私もいままで、体をこわしたことがないくらい健康です。いまも現役で畑仕事はしていますし、間伐の仕事も引き受けてやっています。品評会用の緑茶は、植えて1〜2年の茶の木の葉を使うんですが、そこの面倒もみています。まだまだ元気ですから。それから、最近ではほとんどのお茶が機械挟みで大量生産されていますが、川根もみきり流という流派で手操み茶を作っています。
お茶の手挟みは、高等小学校から挟んできましたから、もう貼年くらいお茶を挟んでいることになりますね。平成2年10月には、お茶の手操みの無形文化財の認定をいただきました。この中川根町からは2名、静岡県下では10名が認定されたんです。手挟みは、一番茶をせいろで蒸して、ほいろというお茶をよるための幅が約1間の台で行います。ほいろはガスで加熱できるようになっていて、そのムロの上に紙を敷いて4 時間くらいかけてお茶を挟んで、葉を細くよっていきます。途中で休むことはありませんから、結構体力も必要なんですよ。手挟み用の一番茶はほんの少ししか手に入らない貴重な葉です。ですから大切に挟んでいくんです。私は体を動かすことが嫌いではありませんし、健康だから続けられるんだと思います。

私の家に来た人は驚くかもしれませんが、うちの台所には茶筒と急須がたくさん並べてあって、いつでもお茶が飲めるようになっています。それくらい、お茶は頻繁に飲みます。最近緑茶の効能が一般の方にも知られるようになって、O157の騒動以来、緑茶の売り上げが上がりました。昔から寿司屋で出される「あがり」のように、緑茶には、食中毒予防の効果があることは知られていましたけど、ここまで話題にはならなかったものです。01 57は全国規模で猛威をふるいましたから、各家庭での予防対策として、手軽に飲める緑茶が選ばれたんでしょう。

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