健康診断が病気を招くという矛盾

ストレスによる「負の連鎖」とは

ちょっと過激に聞こえるかもしれませんが、「健康診断などやめてしまいなさい」と声を大にしたいのです。なぜなら、答は簡単。検査を受けたからといって必ずしもいい結果が出るとは限らないからです。

いぶん乱暴な…言い方と思われる方もいるでしょう。しかし、悪いデータに怯えたり、むやみに薬を飲んだりする方がかえて危険な場合も多いのです。

だからこそ健康診断など受けずに、身体にとっていい生き方をしていた方がずっといい。「知らぬが仏」という言葉がある通り、悪い知らせは耳に入れず、目の前にある良い行ないをして平穏な心で毎日を過ごす方がずっと健康にはいい、というのもひとつの考え方です。

たとえば、自分ではまったく自覚症状がないのに、健康診断を受けてガンが見つかったとしましょう。もうその瞬間から天国から地獄の思いに違いありません。

そんなことはどう考えても受け入れられないと、怯えの世界に紛れ込んでしまうわけです。するとそこから、ガン病に対する恐怖がストレスとなり、ガンの進行は著しく速くなっていくでしょう。

健康診断が「負の連鎖」を起こすわけです。また、すい臓病や脳腫瘍など、非常に手術がしにくいところに病が見つかった場合、うかつに脳ドックなどをすすめる医者はもっとも危険です。

病が見つかったという事実だけでも悲惨なのに、手術や放射線治療、抗ガン剤治療などを迫られるわけで、このストレスは半端なものではありません。

特にすい臓ガンの場合は、検診で言われることは「まだ小さいから」という気休めの言葉がほとんどで、そのうえで手術が始まります。

ところが手術を終えてみれば、やはりガンを取りきれなかったということがしばしばある。となれば今の西洋医学では確実に放射線治療が行なわれ、再発予防のために抗ガン剤が使われます。こうした流れをふむと、かなり体力のある人でも余命は2年ほどが限界ではないでしょうか。

なにしろガン手術の衝撃というのは予想以上につらいもので、身体のダメージも大きなものです。そのうえ抗ガン剤を注射していれば、いくら体力に自信のある人でも身体はボロボロになってしまいます。

もしその人が健康診断を受けなかったら、ガンの告知さえされなかったら、わずか2年で命を失うことはあっただろうか。どう考えてもありえないわけです。

たしかにガンは恐ろしいものには違いありませんが、それに輪をかけて2年間その人がさらされてきた恐怖との聞いがあるわけです。

尋常ではないストレスとの葛藤を考えるならば、寿命を極端に縮めたことはいうまでもありません。当然、ガンを発症するからには、そこに至るまでのストレスがあったと思いますが、

人間というのは、あらかじめ備わった感性で、つらいことからは逃れようという体内努力をしているものなのです。ところがそれを、あるときに見つけられて引き出されてしまったら、その体内努力はその時点で終わってしまうのです。

体調が良くないときはこう考えればいい

実は私自身、そのような経験があり、苦しんだ時期があるのです。ちょうど40歳のときに仕事上とてもつらい時期を過ごしていたことがあります。毎日胃腸の調子が悪く、気分もなかなか晴れない。ちょうどそんな折に健康診断を受け胃痛ガンの疑いあり、至急精密検査をという知らせを受けたわけです。

そのときのショックといったらありませんでした。その1ヶ月は苦しみに苦しみ抜きました。精密検査まで1ヶ月ほど。

正式な結果が出たわけではありませんから、家族にも友人にもいえません。ただ1人で「ガンかもしれない」というプレッシャーと闘わなければならなかったのです。

たった1 か月1ヶ月の間で、もうげっそりとやせてしまって、たいへんなストレスがきゆうたまりました。結果的には杞憂に終わったわけですが、あのストレスを1年も2年も抱えながら平然と生きていくことなど、人間にはできないとつくづく実感しました。

あの経験以来、私は健康診断の害を訴え続けているのです。むしろ、胃腸の調子が悪ければ「きっと、いろんなストレスがたまっているんだ。少し気楽に生活してみよう」と、気持ちをプラス思考に切り替えて、よけいなストレスから我が身を守ることの方が大切です。

人間には自然治癒力があるのいかいようだから、たとえ胃潰瘍ができたとしても、気持ちの持ち方と正しい生活さえ保っていれば病気は治るし、若々しさを保つこともできるわけです。

つまり、どこか調子が悪いということは、身体が今の環境に耐えられなくなつたシグナルとして受けとめ、生き方を見つめ直す機会と考えた方がいいのです。

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