老化の進み方の個人差について

気力と寿命の法則

新潟県長岡市の隆泉寺に良寛の像が立っており、その像は良寛さまが亡くなる2、3年前の姿を再現した像だといわれています。良寛は73歳で他界しているので、70歳くらいの姿でしょう。

背中が丸くなって首が「ちょこん」と突き出している。身体を鍛えなくなった老人そのものです。同じ時代を生きた益軒の立ち居ふるまいと比べると、10歳以上若い良寛の姿は随分と枯れ果てて感じられます。
いまの日本では、若者の中にも背中を丸め、首が突き出した「良寛さまスタイル」がずいぶんいます。若者に対する苦言はひとまず措くとして、人間の寿命は「自分はもう歳だ」、「あと何年生きられるかな」などと、周りの人にしみじみと話し始めたときから、だいたい2 、3年後に尽きるようにできています。

良寛の詠んだ和歌も70歳前後に、能力の低下や身体の不調を綴ったものが多くなっています。その2、3年後に図ったように亡くなっているのです。裏を返せば、何歳でも、「自分はまだまだ先が長い」と考えて、常に身体を鍛えることを怠らない人は、その通りに長生きできるのです。

いつまでも若々しく過ごせる人と、一気に老け込む人の違いはまさにここです。「病は気から」といいますが、積極的に社会とかかわり、ウォーキングなりストレッチなりで日ごろから身体を鍛えていれば、実年齢はいくつでも身体に活力が漲ってくるのです。

あなたはいかがでしょう?自分の能力の低下をしみじみと人に語ったりしてはいませんか? 背中を丸めて、首を前に突き出して歩いていないでしょうか。これを読んで、そんな自分に思い至った人がいるなら、日々の暮らしの中からそのマイナス思考をさっそく取り除いてください。

加齢に伴う能力低下を盛んに訴えて「良寛さまスタイル」になる人と、「まだやれる」と信じて、能力を維持する努力を続ける人とでは、これからの人生に大きな差がついてきます。

人生の終え方

いま日本には、寝たきりや認知症、虚弱などのために介護を必要とするお年寄りが200~300万人以上もいます。2025年には約520 万人にもなるといわれています。

ブラジルの奥地アマゾン川の流域には、今でも原住民のインディオたちが暮らしています。老いも若きもいるわけですが、寝たきりのお年寄りが1人もいないのです。その地域では、老人が体調を崩して寝込んでしまったら、枕元に食べ物は置いておくけれど、口まで運んであげる世話はしない。

つまり本人が自力で食べることができれば回復する場合もあるが、食べられなければ衰弱して死んでしまうということです。もしこれを日本でやったら法律上犯罪にもなりかねないし、「なんてかわいそうなことをするんだ! 」と世間から大バッシングを受けるでしょう。

でも、私には「ほんとうにそうだろうか? 」という疑問があるのです。あちこちに管を入れられて、家族に面倒をかけながら薬漬けになって生かされたところで、何ひとつ幸せではないだろうなと。

「ああ、そろそろお迎えが来るな」と悟ったら、自分自身で徐々に食事の量を減らしていって最後は食器や箸を処分し、食事をとらなくする。そして「もう十分人生を全うしました」といって誰にも迷惑をかけることなく「パタツ」と逝く。

そんな慎み深い最期を迎えることが「死に方のルール」だと私は思うのです。こういう最期を迎えるためには身体を鍛えておくことが大事です。
矛盾していると思うかもしれませんが、ある程度の歳になても健康でい続けるには、気力が不可欠です。気力がなければ、運動など面倒くさくてしなくなります。

もうひとつ大事なのは、食べすぎないことです。身体が快調でいられる分だけ食べ、気力を充実させて健康をキープするという人生を送って、ある年齢になると、自然に食が細くなっていきます。

これが「そろそろお迎え」という、いわば天からのサインなのですが、普段から食べすぎていると、このサインに気づけません。適量の食事をしているから気づける。こういう人こそ、元気に活動して、夜寝て、翌朝になったら亡くなつていたという、最も穏やかな最期を迎えられるのです。

気力が萎え、運動もせず不健康な身体で薬漬けになり、いくつになっても「食べすぎ」という生活をしていると、とてもこんな最期は迎えられません。
これからの日本は介護問題がより深刻になるでしょうが、手厚い介護を求めるのではなく、介護を受けないですむような人生の終焉を、自分の力で作り出すことの方が何倍も大事ではないでしょうか。

上半身を鍛えよう、歩くだけじゃタメ

健康のために歩いている、ウォーキングをしているという人は多いのではありませんか?もちろん歩くのはすばらしいことですが、それだけでは少々不十分だと私は考えています。

というのは、ウォーキングしかしていない人に、気迫を感じさせる人は、私の周りにはいないからです。気迫がなければ、健康に生きていくことはできない、というのが私の考え方です。では、どうすればいいか。私は自分の経験からも、上半身を鍛えることをおすすめしています。考えてみれば、頭、首、肺、心臓、内臓など、どれも上半身です。

上半身、とくに体幹を中心とした上半身の強化をしましょう。体幹とは、腰、おなか、背中を軸とした上半身を支える部分をいいます。
ここが弱っていると人間の上体は正常なバランスを保つことができません。上体のバランスが崩れると下半身の片方に体重がかかることとなり、股関節や膝の故障の原因になるのです。

また、背中の肩甲骨から首筋にかけての血のめぐりが悪くなり慢性的な肩こりの原因ともなります。さらに上半身が弱ってくると、それに伴って内臓が弱ってきて、食欲が減退したり食べたものが消化されにくくなったりと、さまざまな悪影響が出てきます。

上半身を鍛える最も手軽な方法は、どんな時も意識的に姿勢を正すということです。「なんだ、そんな簡単なことなのか」と思う方は一度チャレンジしてみてください。これがなかなか苦痛です。

最初のうちは意識して背筋を伸ばせていても、腹筋と背筋の弱い人はこの姿勢をキープすることができません。また、ボクサーがやるシャドーボクシングなども効果的です。その場合、腰を軸にして左右のパンチを繰り出します。パンチを出すときは息をはき、もどすときに息を吸い込む。そんな運動を毎日3分間行うだけで、早い人なら1ヶ月、どんなに遅く3ヶ月もすれば上半身のキレはみるみる変わっていくはずです。こうした運動に加えて、正しいウォーキングを組み合わせていければ理想的です。

最初は10分、15分、20分と徐々に伸ばしていけば、半年後の体調は俄然変わっていくことは間違いないでしょう。ただし何をするにしても、無理は禁物です。少しでも「苦しいな」とか「痛いな」と思ったら、その日は運動はやめて、身体を休ませることが肝心です。健康な身体を求めるがあまり疲れた身体にムチ打って、体調を崩してしまってはまるで本末転倒です。

自分の免疫力をしっかり作用させて、10年後、20年後に備えよう

ひところ「自己責任」という言葉が流行りましたが、健康な身体をキープするのはまさに自己責任の最たるものです。

そして、その責任を果たす上で欠かせないのが「免疫力」です。自分の身体が発するシグナルに敏感になって、疲れが溜まっているようなら、30分でもいいから仕事を早めに終わらせてしっかり休む。正しい知識をもって身体を鍛える。そして、その場しのぎの症状緩和を求めるのではなく、できるだけ薬や医者とは無縁の生き方を選ぶなど。自分の力でしっかりした免疫力を身につけて、5年、10年、20年先と、いつまでも健やかな毎日を過ごせるような心がけが大事です。

特に、男性群にはこの考え方が大切です。この心がけを忘れてちょっとした身体の不具合で薬に走ってしまえば、どれだけ頑強な身体の持ち主であってもあちこちに綻びが出てきます。

薬は病を治すものではなく、少しずつ身体を蝕んでいくものであることを忘れてはなりません。病気に対する免疫をつけてくれると誤解されているワクチンは、実のところ非常に力が弱く、ほとんど気休めといってもいいでしょう。

にもかかわらず多くの人が「ワクチンさえ打っていれば安心」と思い込んでいる。これほど危険なことはありません。ほとんどのインフルエンザワクチンは卵の成分を原料につくられているため、アレルギーのある人の中には、アレルギー脳炎を起して脳性麻痺になってしまうケースも少なくないのです。

またワクチンを打って身体の中に無理矢理に免疫をつくつてしまうと、いつまでも本当の免疫力が根づくことなく、他の病気にかかって苦しむことになるというケースがあります。

これを「ワクチノーシス」といい、現代の子どもたちが病がん気をしやすくなったり大人がガンにかかりやすくなった原因の一端はここにあると考えられています。
こうした事実を知れば、病気の予防は「自分の身体の中にある力を活性化させるしかない」ということが自ずと分かってくるはずです。「薬から免疫力へ」キーワードはこれです。健やかに長寿を全うしたいなら、この発想の転換が何より大事です。

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